明治30年代に逓信省(現総務省)で電気技師をされていた諏訪二山(方季)先生が、その専門の電気工学の知識と
大自然から体得された摂理とを基にしてシンノオル電子科学という独自の学理体系を確立させたのが始まりです。
そして、これを平易に理解させるための一手段として活用されたのが、昭和7年に発明された“シンノオル電気医療機”なのです。
このシンノオル電気医療機は、誕生して既に70年余りが過ぎ、この長い期間、病院、医院、治療所などで使用され治療が行われています。
しかし、諏訪二山先生の確立されたシンノオル電子科学の精神は、シンノオル治療は体を健康にするだけであって、病気が治るというのは自然
(自然治癒力)であり、病気はなおるものであって、治すものではない。
そして、自然の摂理から外れた分だけ病気になることを知り、自然の真理を極めるべく日々研究し、不断の努力を続けるよう教えております。
私はこうした教えは東洋医学とも類似するところが多いと思います。
また、シンノオル治療ではよい飲み水にも着目して研究を重ね、治療にも応用しております。
シンノオルという名称がうまれたのは昭和11年です。当時、歯槽膿漏で困っておられた患者さんと、その主治医の五十肩がシンノオル治療で治ったことから、 これは治療機ではない。この中には医の開祖「神農」(東洋医学の原典の一つ「神農本草経」)が入っておられるからこんな効果があるのだといって、 お二人から贈られたのが「神農王留」シンノオルなのです。
シンノオルではよい飲み水を重視し昭和6年頃より研究を始めました。生物にとって水はなくてはならない成分であり、体重の60%は水で、
肝臓、腎臓をはじめあらゆる臓器は水浸しの状態で活動しております。
人体にとって水は食物以上に重要な成分あり、その働きは栄養物の運搬にとどまらず、体内のあらゆる変化はこの水の中で行われています。
飲み水の良否や飲み方が健康に重要な関係があるということに気づかれた諏訪二山先生は、水と電気の関係に着目し研究を始められました。
やがて水道が普及すると共に水はダムや貯水槽で貯め各家庭まで運ばれるようになりました。どんな良い水でも溜めておけば水質が悪くなります。 そこで弱っている水を何とか生き返らせる方法はないかと諏訪先生は全国各地100箇所以上の水質について調査・実験を重ね、昭和27年日 本で最初の水の電気分解装置を開発されました。
当時、アルカリイオン水は「シンノオル液」と呼ばれていました。その後、東京大学の秋葉教授、東京農大の三浦学長らとともに植物に対する実験や基礎研究を重ね、
昭和30年に「シンノオル電子農機」を製造し農業への応用効果が検討されました。
このことは当時、「シンノオル農法」として新聞で取り上げられ話題になりました。一方医療面への効用についても多くの
医師・一般利用者による臨床実験・使用実験を重ねられ、昭和33年には「シンノオル液製造機」を開発、昭和35年に
第1回シンノオル液医学薬学研究会が発足し、農業と医療の両面で実用化への動きが現れてきました。
昭和37年に医療機器としての製造承認が申請されようやく昭和41年に「シンノオル液製造機」は製造承認され、医療用物質製造器として薬事法の適用を受けるに
至りました。
昭和6年に研究をはじめてから地道な実験・研究を重ね35年の歳月をへて活力あるよい飲み水を世の中に広めることとなりました。
当時はまず科学警察研究所の所長、東京医大に入院中の徳島県警本部長の癌に効果を奏したことから、各地の警察に普及し、人から人へと口コミで2、3年の間に
政界から財界、芸能界へと波及したようです。
承認された効果効能は、厚生省薬務局長「薬発第763号(昭和40年10月8日)各都道府県長宛」にて以下の通り公的に通達されました。
(厚生省薬務局監視指導課長通知 薬監第57号 平成4年10月19日より)
参考文献 シンノオル会発行 電子科学生活研究 シンノオルより参照、抜粋